東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1764号 判決
原告
小林聖
右訴訟代理人
中山善作
被告
中村尚雄
被告
日産火災海上保険株式会社
右代表者
荻原秀雄
大石良世
右両名訴訟代理人
米津稜威雄
外六名
主文
一 被告中村尚雄は原告に対し金一七五万六、二一二円およびこれに対する昭和四四年一〇月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告中村尚雄に対するその余の請求、被告日産火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告中村尚雄との間に生じた部分はこれを三分し、その一を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告日産火災海上保険株式会社との間に生じた部分は原告の負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
(原告)
一 被告らは各自原告に対し四〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一〇月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。
(被告ら)
一 原告の請求はいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
(原告)
一 事故
原告は、次の交通事故(以下本件事故という)で負傷した。
(一) 日時 昭和四四年一〇月二七日午前六時頃
(二) 場所 長野県北佐久郡御代田町馬瀬口一四九九―二五先国道
(三) 加害車 自家用貨物自動車(長野一や三二二一号)
右運転者 被告中村尚雄(以下被告中村という。)
(四) 被害者 右加害車に同乗中の原告
(五) 態様 加害車がセンターラインを越えて追越しをしたことにより対向して来た訴外山本健二運転に係る営業用大型貨物自動車(石一う一八四一号)と正面衝突した。
(六) 傷害 本件事故により、原告は、右脛骨腓骨骨折、左脛骨骨折、左第五中手骨骨折、顔面挫創等の傷害を蒙り、事故当日より昭和四四年一二月三〇日まで佐久総合病院小諸分院に、昭和四五年一月五日より同月三〇日まで北信病院に各入院し、同年二月三日から右佐久総合病院小諸分院に通院し、同年四月一七日同病院に再入院し同月二七日退院、その後通院したが、右足関節拘縮九〇ないし一一〇度、鼻部瘢痕五センチメートルの自賠法施行令別表所定一〇級および一四級該当の後遺症が残つた。
二 責任原因
(一) 被告中村は、加害車の所有者であるが、前車を追い越そうとしてやや右に寄つた際、対向車が接近しているのに狼狽の余り、急にハンドルを左に切り、ガードレールとの衝突をさけようとして右にハンドルを切り、前記のように衝突をしたもので、ハンドル操作不適当の過失があるので、民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告日産火災海上保険株式会社(以下被告会社という。)は、加害車につき、被告中村との間で保険金限度額一、〇〇〇万円の対人賠償責任保険契約を締結し、本件事故の発生により被告中村に対して保険金の支払いをなすべきところ、同被告には弁済の資力がないので、原告は、民法四二三条に基づき後記損害賠償債権を保全するため、同被告に代位して、被告会社に対し右損害額の限度において保険金の支払いを求める。
三 損害
原告に生じた損害は、次のとおりである。
(一) 治療関係費用 五四万九、四五一円
(二) 休業損害
(1) 昭和四四年一〇月から翌四五年七月まで九カ月間一〇〇パーセント休業 四九万一、八〇五円
(2) 昭和四五年八月から昭和四六年二月まで六カ月間六〇パーセント休業 一九万六、七二二円
(3) 昭和四六年三月から同年八月まで六カ月間三〇パーセント休業 九万八、三六一円
(三) 逸失利益 一八四万一、四〇九円
月収五万四、六四五円、年令四九才、労働能力喪失率二七パーセント、就労可能年数一四年、ホフマン係数10.4
(四) 慰藉料 一五五万円
入院一〇二日間、通院二五〇日間を要し、なお後遺症を残すに至つた原告の傷害に対する慰藉料は、一五五万円が相当である。
(五) 弁護士費用 四〇万円
(六) 損害の填補 一一〇万円
原告は、自賠責保険から五〇万円を、被告中村から六〇万円を受領した。
四 よつて、原告は、被告らに対し、以上差引四〇二万七、七四八円の中四〇〇万円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四四年一〇月二七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五 被告ら主張の抗弁事実中原告と被告中村との身分関係、本件事故発生に至るまでの経緯(但し、出荷依頼について謝礼の定めがなかつた点は除く。)、本件事故によつて同被告も傷害(但し、その程度の点は除く。)を受けたことは、認めるが、その余の主張事実は、否認する。
なお、法律上の主張は、すべて争う。
(被告ら)
一 請求原因に対する答弁
原告主張一の(一)ないし(五)の事実を認める。同(六)の事実は知らない。
二の(一)の事実は認める。同(二)の事実中、被告会社と被告中村との間に原告主張の保険契約の締結されている事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告中村は、りんご栽培を営んで十分な資力を有するので、原告の債権者代位権に基づく請求は、その要件を欠くものというべきである。
三の事実中、原告が合計一一〇万円の損害填補を受けていることは認めるが、その余の事実はいずれも不知。
二 抗弁
(一) 原告は加害車の共同保有者であつて、自賠法三条にいう「他人」には該当しないので、被告らには自動車賠償責任は生じない。
すなわち、原告と被告中村とは、いとこ同志(両者の母親が姉妹)で、かつ原告の妹が被告中村の妻、被告中村の妹が原告の妻という近密な身分関係にあり、近隣に居住して互に農業等の手伝いをし合つており、事故当日も、被告中村は、加害車で、りんごを第三者の九二箱とともに茨城県の古河青果市場に出荷する予定であつたが、その朝原告よりりんご七〇箱を埼玉県小川青果市場まで運搬してもらいたい旨の依頼があつたので、急に予定を変更し、自己の分の積載をとりやめて、原告のりんごを運んだものであるが、これについて、もとより運搬賃、謝礼等を受けることにはなつていなかつたこと、また、被告中村は原告の出荷先である小川青果市場については全く不案内であつたので、原告に同乗してもらい、運転も交互に行なうこととして、前日の夜出発し、古河青果市場までは同被告が古河から小川青果市場、さらに高崎市の手前の新町までは原告がそれぞれ運転し、そこで交替した被告中村の運転中、本件事故を惹起したものであることを考慮すると、原告と被告中村とは、加害車につき共同保有者の関係にあつたものというべきであり、したがつて、原告は、自賠法三条の「他人」に該当しないこと明らかである。
(二) また、前叙のごとく原告と被告中村とが近密な身分関係にあること、本件事故につき被告中村に重過失があつたわけではないこと、同被告も、本件事故によつて脾臓のてき出、肋骨・内臓の損傷等原告よりはるかに重い傷害を受けたこと等を考慮すれば、原告には損害賠償請求権は発生しないか、少なくとも、かかる権利の行使をなし得ない立場にあるものというべく、本件訴えは、たまたま被告中村が任意保険に加入していたために提起されたものであるが、親族関係を破壊し、公序良俗に反し、所詮、排斥を免かれないものというべきである。
(三) 仮に以上の主張にして理由がないとしても、前記の事実関係に照らして原告が好意同乗者に該当することは明らかであるから、損害額の算定にあたつては、この点の事情を斟酌すべきである。
第三 証拠関係〈略〉
理由
一原告主張の一の(一)ないし(五)の事実については当事者間に争いがなく、また〈証拠〉によると、原告は、本件事故によつてその主張のように傷害を受けて入通院し、いまなお主張のような後遺症を残していることが認められる。
二そこで、まず、被告中村の責任について判断する。
(一) 〈証拠〉によると、本件事故は、被告中村が加害車を運転し、前記日時、場所において、前車を追い越そうとして進路をやや右に変更したところ、対向車の接近しているのに気づき、左に急ハンドルを切つてガードレールに接触しそうになり、これとの衝突を避けるべく右に急ハンドルを切つたため、センターラインを越え、対向車線を進行してきた訴外山本健二運転の営業用大型貨物自動車に衝突したことによるものであることが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
しかして、午前六時頃とはいえ、前示道路が須坂、小諸方面より高崎、熊谷を経て東京に通ずる幹線であることからみて、かかる道路で追越しをしようとする自動車運転者としては、対向車のくることを当然予期して自己の車線を厳守すべき義務があるにもかかわらず、被告中村は、前方を十分注視することもなく漫然と追越しにかかり、しかも、対向車の近づいているのに気付いても、後記認定のごとく、運転経歴が浅く、かつ眠気をもようしていたこともあつて、咄嗟の措置ができず、前叙のようにハンドル操作を誤つてしまつたのであるから、本件事故は、まさに、同被告の過失によるものというべきである。
(二) そこで、被告らの抗弁について判断するのに、
(1) 原告と被告中村とは、被告ら主張のように近密な身分関係にあり、ふだんから互に農業等を手伝い合つていたとしても、もとより生計を共にする同居の親族であるというわけではなく、また、同被告が加害車を運行するに至つた事情が被告ら主張のとおりであるとしても、その運行利益のすべてが原告のみに帰属していたわけでないこと、いずれもその主張自体に徴して明らかであるから、仮に同被告が本件事故によつて原告よりもはるかに重い傷害を受けた事実のあることをも考慮しても、本件事故の被害者たる原告には損害賠償請求権が発生しないとか、原告において同被告に対して賠償責任を追及することが人倫に反するという被告らの抗弁は、所詮、排斥を免かれないものというべきである。
(2) しかし、さきに触れたように、被告中村は、茨城県古河青果市場にりんごを出荷するにあたり、途中原告が道案内のため同乗して交互に運転するということで、原告のりんごを埼玉県小川青果市場まで運搬することとなり、前日の夜出発し、古河青果市場までは同被告が、古河から小川青果市場、さらに高崎市の手前の新町までは原告がそれぞれ運転し、そこで交替した被告中村の運転中の帰途、午前六時頃、本件事故が発生したことは、当事者間に争いがないので、原告はいわゆる好意同乗車であるとともに、交替運転手たる地位にもあつたのであるから、原告の被告中村に対する損害賠償請求を純然たる被害者と加害者との関係と同一に取り扱うことは、信義則上許されないものというべきである。
しかも、当事者間に争いのない右事実に、〈証拠〉によつて認められる次の諸事実すなわち、被告中村が右のごとく原告のりんごを運搬するについては、謝礼等に関する明確な取極めは、なかつたこと、原告の運転歴は五年程度であつたのに対し、被告中村の普通車の運転歴は極めて短かく、原告において、もとよりそのことを十分承知のうえで同被告運転の加害車に同乗したこと、事故当時原告は、助手席で眠むつており、また、被告中村も、睡魔におそわれていて道路状況についての判断能力が必ずしも十分な状態ではなかつたことをもあわせ考えると、交通が混雑して来た場合には運転未熟な被告中村にかわつて運転することの望まれる原告が、かえつて、最も寝くなる時間帯であるのに、被告中村の横の助手席で、助言もせずに寝ていたことが、深夜の長距離運転で過労している同被告の眠りをさそつて、本件事故の遠因となつたものと考えられるので、損害賠償額の算定にあたつては二割の減額をするのが相当であつて、この点の被告らの主張は、右の限度において理由があるものというべきである。
なお、被告らは、原告は加害車の共同保有者であつて自賠法三条にいう「他人」には該当しない旨主張している。しかし、被告らのこの抗弁は、被告中村に対する請求原因の一つとして、原告が本件訴状に記載している自賠法三条の責任に対するものであるが、すでに原告において自賠責保険金を受領して右請求に係る傷害の填補を受けたことは、原告の自認しているところであるから、原告の該主張は、主張自体理由がないもの(それ故、本判決の事実欄には敢えてこれを摘記しないこととした。)というべく、従つてまた、被告らの右抗弁も、少なくと、被告中村に対する関係においては、意味なき攻撃方法として排斥を免がれないものというべきである。
(三) 次に損害の額について判断する。
(1) 治療関係費
〈証拠〉によると、
原告は、入院治療費として少くとも三七万三、五三三円を、通院治療費として一万四、〇一八円を、入院中の付添看護料として九万円を支出し、付添看護婦に対する食費二万一、〇〇〇円、松葉杖代二、〇〇〇円、通院交通費一万八、九〇〇円を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
また、入院中の一〇二日間、貸フトン代も含めて一日二〇〇円程度の雑費の支出があることは、当裁判所に顕著な事実であるので、右認定額のほか、原告は雑費として一〇二日間分二万〇、四〇〇円の出捐をしているものと推認される。そこで、以上合計五三万九、八五一円よりその二割相当金額を控除した四三万一、八八〇円が、被告中村に請求しうべき治療関係費であるというべきである。
(2) 休業損害
〈証拠〉によると、本件事故による受傷のため、原告は、昭和四四年一〇月二七日から四月二七日までの間、一〇二日間入院し、実日数四日のほか若干通院し、少くとも六ケ月間は、全く稼動しうる状態になかつたし、また、事故前一〇カ月間に月平均五万四、六四五円の収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はないので、原告の休養損害は、五万四、六四五円に六を乗じた三二万七、八七〇円から、その二割相当金額を控除した二六万二、二九六円であるというべきである。
(3) 逸失利益
〈証拠〉によると、原告の前記受傷による後遺症は、右足関節拘縮であつて、自賠法別表所定の一〇級一〇号に該当し、原告は、大正一一年生れで前記症状固定時の昭和四五年四月二七日から一四年間は稼動可能であるところ、右後遺症により労働能力の二七パーセントを喪失したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、年五分のライプニッツ方式で計算すれば、逸利失益の現価は、一七五万二、五四五円となるので、これより二割相当金額を控除した一四〇万二、〇三六円が原告の請求しうべき逸失利益の損害であるというべきである。
(4) 慰藉料
原告の傷害の程度、原告と被告中村との間柄その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すると、慰藉料は、六〇万円が相当であると認められる。
(5) 損害の填補
原告が被告中村から六〇万円を、自賠責保険から五〇万円を受領していることは、当事者間に争いがない。そこでこれらを以上の賠償額合計二六九万六、二一二円から控除すると一五九万六、二一二円となる。
(6) 弁護士費
原告が本件訴訟を弁護士中山善作に委任したことは記録上明らかであるから、本件事故に基づく損害として、原告が被告中村に請求しうる弁護士費用は、一六万円が相当である。
(四) よつて、被告中村は、原告に対し175万6.212円およびこれに対する本件事故の日である前記昭和四四年一〇月二七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。
三次に被告会社の責任について判断する。
まず、債権者代位権の行使の一要件として、被告中村が本件事故に関し被告会社に対して保険金請求権を有することが前提となるので、この点について判断するに、前叙のごとき被告中村と原告との諸々の関係は認められるも、原告をもつて加害車の保有者と言えないことは明らかであり、また事故当時における具体的な運行においても、加害車の保有者である被告中村自身がハンドルを握つて運転している限りおいて、助手席で寝ていた原告をもつて加害車の運行を具体的に支配していた者と見ることはできないので、被告中村との関係において原告は「他人」と言うを妨げず、したがつて被告中村は被告会社に対して保険金請求権を有するものと言える。
ところで、債権者代位権は、債権者にとつて最後の保畳ともいうべき債務者の一般財産(資力)が不当に減少するのを防止するため、特に認められた制度であるから、債務者の資力の有無と関係のない特定物に関する債権を保全する場合は格別、然らざる債権保全のめに右の権利を行使するには、債務者が無資力であることを必要とすること、つとに確立された判例である。ところで、交通事故の被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権も、債務者たる加害車の資力が維持されることによつて保全されるべきものであつて、たとえ加害者が保険会社との間にいわゆる任意保険契約を締結している場合においても、保険会社の支払う保険金が被害者への損害賠償のみに当てられるという法律上の保障はなく、所詮、加害者の一般財産を構成するに過ぎないものであり、また、自賠法一六条のごとき規定も欠けている現行法の下においては、交通事故による損害賠償請求権を前記特定物に関する債権と同一に取り扱うことは許されず、債権者たる被害者がこれを保全するため加害車に属する右の保険金請求権を行使するには、加害者において無資力であることを必要とするものと解するのが相当である。
いま本件についてこれをみるのに、前掲乙第四、第五号証および被告中村本人尋問の結果によると、被告本人は、水田二反歩、りんご畑約八反歩を所有し、一五〇万円程度の年収を挙げていることが認められ、しかも、同被告において損害金を支払つても、直ちに保険による填補を受けうる関係にあることをも考慮すれば、被告中村に前判示の金員を支払う程の資力がないものとはいい難い。
そうすると、被告会社が被告中村の本件事故によつて直接原告に対し民法四二三条に基づく責任を負担すべきいわれはないものというべきである。
四よつて、原告の被告中村に対する請求は、主文第一項掲記の金員の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、同被告に対するその余の請求ならびに被告会社に対する請求は、他の事実についての判断をまつまでもなく、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については同法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(渡部吉隆 新城雅夫 佐々木一彦)